わらび原爆死没者慰霊鐘つき祭

核兵器禁止条約批准を目指して
わらび原爆死没者慰霊鐘つき祭に72名が参加


8月6日午前8時、長泉院(おしゃみ)で第52回わらび原爆死没者慰霊鐘つき祭が開かれ、党市議団全員と、梅村さえ子衆院議員も参加しました。

1945年8月、広島・長崎に人類史上はじめての原子爆弾が投下され、その年のうちに約21万人(広島・長崎で)もの尊い命が奪われました。その痛ましい被爆の日から72年を迎えました。

開会は原水爆禁止蕨市協議会の杉本憲会長が挨拶、「世界では核兵器禁止条約が採択され、核兵器廃絶への動きが進んでいる。ヒバクシャ署名を一層広げ、被爆者支援を強めていきたい」と述べました。頼高英雄市長は平和都市宣言をした市長として核兵器廃絶への強い思いを示し、蕨市の平和事業の取り組みなども紹介しました。また、広島で被爆した埼玉県被爆者協議会(しらさぎ会)事務局次長の高橋溥(たかはしひろし)さんは「爆心地から1・5キロメートルのところで被爆した。白い光が見えて家が潰れた。親兄弟などが亡くなった。戦争は本当に大変なこと。平和な世界を続けていきたい」と力強く語りました。蕨しらさぎ会会長の服部道子さんからは、「(条約が採択され)やっとここまできた。あと少しです。あの日亡くなった人たちの分まで頑張りたい。皆さんがんばりましょう」と訴えました。その後、原水爆禁止世界大会(長崎)に参加予定代表者の紹介や、これからの原水協の行事案内がされました。

8時15分になると参加者は1分間の黙祷をささげ、平和と核兵器廃絶の願いを込めて一人ひとり鐘をつきました。

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